1898年、当時イギリス領だったケニアで、
数十、あるいは百を超える人間が、
二頭のライオンに数ヶ月に渡って食べられる事件がありました。
事件のあった地名から
「ツァボの人食いライオン」といわれています。
その場にいた人々が、夜な夜なライオンに襲われ続けるという、
悪夢のような現実ですよ。
映画などの二次創作物でも時々取り上げられますから、
なんとなく知っているという人もいるかな?
他に類のない獣害事件であり、現代でも考察されています。
事件の経緯とともに、伝説的な人食いライオンの虚実に迫ってみようと思います。
目次
人食いライオンの恐怖
物語を始める前に、読者がイメージしやすいように、
舞台となったツァボについて前書きします。
この一帯は広大な草原地で、密林地帯も点在。
西から東に向かって、非常に急流のツァボ川が流れています。
1898年、
大英帝国がアフリカのケニア~ウガンダ間に鉄道を開通させるに当たり、
ツァボ川に鉄橋を架ける工事のために、
英領インドなどから、
3千人もの労働者がツァボに集まり、いくつものキャンプ地で寝泊まりしていました。
慣れない環境で病死者も多く出ましたが、
埋葬もされずに捨てられるような扱いだったのです。
過酷な炎天下に放置された死体が、
ハイエナやハゲタカ……
そして、ライオンまで呼び寄せていたとは知らずに。
この地域のライオンは、オスでもたてがみが殆どないのが特徴。
(暑さのためといわれている)
人食いを繰り返した件の二頭のライオンもオスでしたが、
たてがみがなく、メスライオンのような見た目でした。
襲撃の始まり
そんなツァボに、
現場監督としてヘンリー・パターソン大尉が赴任してきました。
その頃、すでにライオンによる犠牲者が数人出ていたのですが、パターソンは、
「作業員同士のいざこざで死んだ者をライオンのせいにしているのだろう」
と高をくくっていました。
着任して3週間ほど経った朝、パターソンは信頼していた労働者のリーダーが、
夜にテントに侵入してきたライオンに連れ去られたことを知らされます。
血を辿ってゆくと、
そこにはリーダーの無残な遺体が。
「どうやらライオンは二頭いるようだ」
ライオンは夜行性ではないのですが、
二頭の人食いライオンは闇に乗じて、疲れて眠る人間を襲っているらしいのです。
パターソンは過去にインドにも赴任しており、
トラを仕留めたこともある腕利きのハンターでもありました。
事態の深刻さに気づき、
その夜から銃を持ち、樹上で寝ずの番をするようになります。
しかし、労働者のキャンプは広い。
ライオンはまるでパターソンをあざ笑うように、
警備の緩いキャンプを襲うなどして狙撃者を翻弄します。
ライオンの犠牲者は一人、また一人と増えてゆくのでした。
最初の対決
パターソンも手をこまねいていたわけではありません。
対獣用の防護柵を設置したり、罠を仕掛けたり、
もちろん夜のパトロールも怠りませんでした。
それでもライオンは防護柵の隙間から侵入して人を食らい、罠を巧みに回避する。
まさに神出鬼没。
「ありゃライオンじゃねえ。悪霊だ」
作業員の間にもジワリジワリと恐怖が広がってゆきます。
怖れて逃げ出す者も後を絶たず、鉄道の工事も進まない。
パターソンはライオンとの対決を決意します。
「家畜を囮にし、ライオンが来るのを待ち伏せしよう」
深夜、物陰で息をひそめる狙撃者パターソン。
やがて……
近づいてくる獣の気配!
何かが闇の向こうで動いている……。
呼吸が止まり、汗がしたたり、指を引き金に置く。
突然、ライオンが闇から飛びかかってきて、
パターソンは発砲します。
しかし、銃弾はライオンには当たらず、結局逃走されてしまいました。
最初の対決は空振りに終わったのです。
この後、しばらくはライオンの襲撃もなく、
鉄道工事も進みます。
そのため作業場に油断が生まれていたことは否めません。
大勢の人間が熱帯夜で涼を求めて外に寝ていたところに、再び悪魔が現れるのです。
事件の終結
外で寝ていた作業員たちは、
ライオンの襲撃にパニックとなります。
一人の犠牲者が連れ去られ、
大勢が見守るキャンプから30mもの近くで貪り食われたそうです。
さっきまで仲間だった男が、ライオンの餌に変わってゆく様を見せられるというのは、
どんな恐怖なのでしょうか?
その後も犠牲者は増え続け、時にはパターソンのキャンプの近くで、
勝ち誇ったように人を食らう音を聴かせるほど、ライオンは大胆になってゆきます。
「悪魔だ……」とパターソンすら震えました。
警官や軍人の手を借りることもありましたが、
作戦は不発が続き、文明人のパターソンも弱気になっていたんでしょう。
しかし、
ついに悪魔のようなライオンたちにも最期が訪れます。
足元のライオン
ある日ライオンがキャンプからロバを連れ去りました。
追跡してみると、ロバは死んでいましたが、ほとんど食べられていない。
「ライオンは必ずこのロバを狙って戻ってくる」
パターソンは確信し、近くに地上3.5mの足場を作って、その上でライオンを待つことに。
電気などない時代の、
真っ暗なアフリカの森林の夜です。
獣の徘徊、鳥の羽ばたき、虫の来襲……
その度にドキッとしながら、時間がゆっくりゆっくり過ぎてゆく。
深夜、藪草が揺れ、読み通り一頭のライオンが現れました。
ところが、ライオンはロバではなく、パターソンに攻撃対象を定めるのです。
急場ごしらえの足場の下をうろつくライオン。
暗闇で銃の狙いも定まらない。
「足場が崩れたら俺は奴に食われる!」
と緊迫した状況が2時間も続いたでしょうか。
パターソンにもライオンの位置がだいたいわかるようになっていたのです。
銃を構え、引き金を引く。
銃声に続き、ライオンの苦痛の声が耳に届き、やがて森の静寂が戻ってきました。
朝を待って、ライオンの死を確認。
頭から尾の先端まで2m90cm、体高1m15cmのオスライオンでした。
歓喜に沸くキャンプの中、パターソンは気を引き締めます。
「悪魔はもう一頭いる!」
決着
一頭目が射殺された数日後。
残った一頭が仕掛けた罠をかいくぐり、囮のヤギを攫って逃げました。
パターソンが追跡すると、ライオンは食いかけのヤギを捨てて逃走。
やはり戻ってくるだろうと推測し、
その場所で一頭目と同じように待ち伏せします。
ライオンは戻ってきたものの、
パターソンの撃った弾丸は致命傷にはならず、傷を負わせただけの結果でした。
それから10日ほどライオンは現れず、傷が元でもう死んだのだと安心感も漂うキャンプ。
しかし、再び襲撃が始まります。
木の上で寝ていた作業員を狙って、
人食いライオンが現れたのです。
そのときは犠牲は出ませんでしたが、傷の癒えたライオンが復活したとなれば大問題。
人間の被害を受けた獣は、凶暴性を増すからです。
パターソンは作業員が寝ていた木の上に陣取り、ライオンの再襲撃を待ちます。
月の明るい夜。
茂みに隠れながら、ゆっくりと近づいてくるライオンを確認したパターソン。
一歩一歩、距離が縮まり、射撃できるところまでおびき寄せ……。
パーンと一発。
反撃を試みるライオンに、さらに二発、三発!
ライオンは断末魔の唸りを残し、ついに絶命したのでした。
こうして英雄になったパターソンは、作業員からも慕われ、翌年には鉄橋も完成します。
なかなかスリリングな実話で、
かなり端折って書いたつもりなのですが、長文になってしまいました。
でも、ツァボの人食いライオン事件は完全に終わってはいなかったんですよ。
なぜライオンは人間を襲った?
この人食いは約9カ月間続き、犠牲者は28人から135人といわれています。
ずいぶん差があると思いませんか?
これは事件の記録がほとんどパターソンの手記に頼っているからでしょう。
二頭のライオンは剥製になって、
その姿はシカゴのフィールド自然史博物館で見られるのですが、
その調査からいろいろとわかってきました。
犠牲者は35人!?
まず、この二頭は腹違いの兄弟であったこと。
そして、最初に撃たれたライオンが24人、もう一頭が11人の人間を食べたということ。
骨などから人食いの数がおおよそ割り出せるってのがスゴイですね。
そこから「ツァボの人食いライオン事件」の真相をまとめてみると、
・当時は、伝染病で草食動物が不足していた。
・工事現場で作業員の遺体が放置され、
ライオンが人の味を覚えた。
・群れを持たない兄弟ライオンが襲撃しやすい人間を狙った。
・犠牲者は35人程度。
(パターソン、フカしすぎです)
となります。
普通、ライオンはメスが狩りをしますが、
群れを作れなかった兄と弟が協力して、生きるために自力で人間を襲ったのでしょう。
また、遺体放置など人間のほうにも落ち度があったといえます。
後にこの二頭はゴースト&ダークネス
なんて悪魔呼ばわりされますが、兄弟で必死に生きようとしていただけだったんですね。
実はその後も、ツァボでは人食いライオン事件が起こっています。
19世紀の後半から第二次大戦中まで、ツァボは人食いライオンの名所みたいでした。
国立公園になった今は、事件にあやかった、
マンイーターキャンプなんて洒落にならない名前の宿泊所が名所です。
人間のほうがずっとしたたかですな~。
ツァボの人食いライオンの経緯と真相~まとめ~
この事件はどうしてもパターソンVSライオンの話になりがちで、
襲撃に怯える作業員の心理にも僕は興味あるのですが、なかなか伝わりにくい。
でも、いつ暗闇から3m近いライオンが襲ってくるかと思えば、
その恐怖は想像に難くありません。
お化け屋敷の感じでしょうか?
(発想が貧困な気もするな)
でも、ライオンたちにしたら懸命に生きただけで、
餌が乏しくなっていた時代の悲運にすぎないのかもしれません。
ひもじいライオンと、人間がたまたまブッキングしたということですね。
人に恐怖と嫌悪を催させる獣害事件ですが、その背景に目を向けてみると、
動物側にも「仕方ないだろう」と弁解の余地もありそうですね。
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