馬は美しい動物ですよね。
風になびくタテガミ、
しなやかなボディライン、
筋肉の盛り上がった腰つき……。
「色気」すら感じちゃいます。
人間とも縁が深い。
競走馬に農耕馬、物を運ぶ荷馬(にうま)、
戦で活躍する軍馬など。
良きパートナーでもある。
考えてみれば、
馬はたいてい人に飼われています。
「あれ?もしかして野生の馬っていない?」
実は「野生の馬」
といわれる馬もいることはいます。
でも「完全な野生馬」
と言い切れない部分もある。
今回は世界の野生馬を紹介しつつ、
「野生馬ってなんなの?」
についても考えてみようと思います。
目次
野生の馬は見つかるか?
馬は野生では見ない動物です。
「シマウマがいるよ」
と思うかもしれません。
シマウマはウマ科の野生動物ですが、
むしろロバに近い。
意外と気性が荒く、飼い慣らすのは不可能といわれています。
シマウマが畜馬になったのではありません。
となると、野生の馬は思いつかない。
でも、野生の馬を知っている、見たことがある、
という方もいるんじゃありませんか。
各地にいた!野生の馬たち
例えば、
宮崎県串間市の「御崎馬(みさきうま)」。
『日本唯一の野生馬』
と宣伝され、観光の目玉になっている。
太平洋に突き出た「都井岬」の草原で、
潮風に吹かれながら草を食む馬たち。
素敵な眺めですよ。
御崎馬は「放牧」されているのではありません。
人の世話にならず、
岬に定住している野生の馬です。
御崎馬とは逆に、
厳しい自然に暮らすのが、
北海道・根室沖のユルリ島の野生馬。
無人島の馬で、今は数頭を残すのみらしい。
アメリカ中部のサバンナでは、馬の群れが疾走しています。
マスタング(ムスタング/mustang)
という野生馬。
アメリカでは珍しくない馬で、
シートン動物記にも登場します。
「なんだ。野生の馬もいるんじゃないか」
と思いたいところ。
しかし、どれも違うのです。
本当の野生馬はいない?
大事なのは、
「野生の馬」と「野生化した馬」の線引きです。
上に挙げたのはすべて「野生化した馬」。
元は人に飼われていた馬が、
なんらかの事情で野生に置かれ、繁殖しているものです。
御崎馬は軍馬にする目的で、
江戸時代に「放養」され始めました。
世話をせず、放し飼いにしていたってことです。
マスタングは逃走した馬。
牧場で飼われていた馬が、
はぐれて戻って来られず、自然に根づいただけ。
マスタングという言語自体、「迷子」の意味ですから。
本物の野生馬とは、
「家畜にならなかった種の馬」
だと思います。
ニワトリを例に挙げましょう。
ニワトリは野生にはいない鳥です。
東南アジアには野鶏(ヤケイ)が生息しており、
これを家畜化したのがニワトリです。
この場合、
野鶏が「野生のニワトリ」になるでしょう。
同様に、家畜の牛の先祖は、
今は滅んだ野牛オーロックス。
養蚕のカイコも自然にはいませんが、
クワコという野生種が元と考えられています。
家畜に成り下がった動物たちには、
必ず野生種のご先祖様がいる。
その馬版はなにか?
ってこと。
これが見当たらない。
絶滅したのか?
しかし、安心して下さい。
「ノウマ(野馬)」
とされる馬も存在するのです。
このノウマこそ、馬の祖先かもしれません。
その前に、
馬の進化の歴史について、触れておく必要があります。
馬はどう進化した?
野生馬を特定するなら……。
「馬はいつから馬なのか」
を知らないとなりません。
それを知らないと、
「猿が人間の野生種」
ってことになっちゃう。
猿とヒトは繋がっていますが、生物としては別種です。
馬の歴史はどこまで遡れるのでしょうか?
現在、一番古いウマ科動物とされているのが、
「ヒラコテリウム」。
5500万年ほど前、北アメリカに出現しました。
大きさは30~40cm。
最初は「ウサギかな」と思われていました。
肢の指は5本。
(重要ですので覚えておいてくださいね)
ヒラコテリウムは、
「オロヒップス」「エピヒップス」などを経て、
3000万年前に「メソヒップス」
となります。
ゲップが出そうな名前が並びますが、
「ヒップス」は「馬」の意味ですよ。
メソヒップスは60cmくらい。
指は3本で、小さいながらも馬らしい姿になりました。
2000万年前には「メリキップス」が登場。
1mもあり、ポニー並みです。
メリキップスから「ヒッパリオン」が分岐し、
ロバやシマウマに繋がると考えられています。
もうひとつの道に進化したのが、
「プリオヒップス」
指はまだ3本ですが、2本は退化し、
ほとんど一本指です。
約1200万年前に生息していました。
さらに時は進み、
「ディノヒップス」「プレシップス」
と大型になる。
そして300万年前に現れたのがエクウス。
現代の馬とほぼ同じ見た目になりました。
指は完全に一本です。
この「一本指」が馬の証し。
牛などが二本指の「偶蹄目」に対し、
馬は一本指の「奇蹄目」なのです。
大雑把にまとめますね。
・ヒラコテリウム(馬の祖先)
・メソヒップス(馬らしくなる)
・メリキップス(ここから馬とロバが分かれます)
・プリオヒップス(現代馬の一歩手前)
・エクウス(ほぼ現代馬)
です。
ただし、
プリオヒップスとエクウスには相違があり、
直系ではないという説が有力。
たぶん、その間に種同士で交雑があり、
エクウスが生まれたのでしょう。
馬の進化について、動画でもどうぞ。
エクウスは3万年前に滅んでいます。
エクウスが家畜にされたとは思えません。
すると、エクウスの後に「野生馬X」があり、
飼われている現代馬に繋がるはず。
この「野生馬X」は今もいるのでしょうか。
そう思われる馬がいます。
モウコノウマとターパン
中国の歴史小説には、頻繁に「北方の騎馬民族」
というのが出てきます。
中国の北に、馬戦に長けた異民族がいて、
たびたび衝突したのです。
現在のモンゴル地方ですね。
この地域にも、野生の馬と呼ばれる馬がいます。
野生に生きるモウコノウマ
中央アジアには、
「モウコノウマ」という馬が生息しています。
「蒙古の馬」ではなく、
「蒙古野馬」ですよ。
野馬とされるだけあって、
野性味に溢れています。
肩までの高さは1.2~1.4m。
どっしりとした体型。
たてがみはモヒカンのように立っており、
サラサラ感はありません。
家畜馬の染色体が64本に対し、
モウコノウマは66本と多い。
いかにも「馬のご先祖様」
といった雰囲気がしませんか?
「モウコノウマこそ、野生馬Xだ!」
当然のように、そう考えられていたのです。
ところが、近年になって否定されます。
カザフスタンの遺跡で、
家畜馬の痕跡が見つかった。
おそらく、馬の家畜が始まった頃(約5500年前)の遺跡です。
調査の結果、遺跡の家畜馬がモウコノウマの祖先と判明。
つまり、
モウコノウマも「野生化した家畜馬」
だったのです。
余談ですが、モウコノウマは一度自然下では滅んでいます。
現在のモウコノウマは、
動物園にいたものを繁殖させ、
野生に放したもの。
野馬と名乗っておいて、
この過去はどうなのよ……。
では、その遺跡の馬になったであろう、
野生馬Xとは?
残る容疑者は「ターパン」になるでしょう。
絶滅した古代馬ターパン
2万年前のラスコーの壁画には、
馬も描かれています。
エクウスが滅んだ後の馬です。
これが「ターパン」という馬らしい。
ターパンはヨーロッパからアジアにかけて、
広く分布していた野馬。
モウコノウマと大きさは変わらず、
草原と森林に棲んでいました。
しかし、野生下では1890年頃には滅んだといわれます。
ロシアの動物園にいた最後のターパンが死んだのが1909年。
もういないので断言できませんが、
ターパンが野生馬Xの可能性が高そうです。
ただ、ターパンが確認されたのは、
1774年のこと。
その頃には数も減っていたし、
例の「野生化した家畜馬」との交雑も進んでいました。
純血のターパンがわからないため、
「家畜馬の祖先となった野生の馬」
と決めつけられない。
被疑者死亡で不起訴みたいな話。
結局、家畜馬の始まりは、今も不明。
馬は出自がはっきりしないのです。
ターパンが有力だけれど、
未発見の野馬がいた可能性もある。
生物学の解けそうもない謎のひとつ。
馬はいったい「どこの馬の骨」なんでしょうね。
今は居ない!野生馬Xはターパンが濃厚か?まとめ~
野生の馬という御崎馬やマスタング。
これらは野生化した元家畜でした。
モウコノウマも野生馬とは言い切れません。
でも、ターパンならクロに近い。
3万年前に消えたエクウスから、
5500年前頃に、家畜化される間にいた馬ですからね。
真の野生の馬だったと思うのです。
そのターパンも滅びました。
結果は「純野生馬は現存しない」となります。
しかし、温和な馬が時々見せる荒々しさも、
また魅力。
野生の血はちゃんと受け継がれているようです。